結果よりも「自分で選んだかどうか」が大事だと思った話
はじめに
こんにちは、アニあつ。
今回は「やりたいことと、求められることが違ったときにどうするか」というテーマで書いてみます。
最初に言っておくと、これは正解を教える記事ではありません。
昔のぼくがやってしまった失敗を、「こういうこともあるよ」という形で残しておくだけの文章です。
もし今の仕事や人間関係などで、似たような状況にいる人がいたら、どこか一部分でも参考になれば嬉しいです。
求められることを選んだ結果、後悔が残った話
ぼくは昔、声優の専門学校に通っていました。
授業の一環で音楽ライブに出演する機会があり、生徒同士でユニットを組んでステージに立つ、という内容でした。
卒業前までに合計で4回ライブが予定されていたのです。
ぼくたちのユニットは最初の1回しか出演できず、2回目・3回目はオーディションに落ちてしまいました。
当時、ぼくはそのユニットのリーダーでした。
正直、最後のライブにはどうしても出たかったです。
そこでぼくは、自分たちが本当にやりたい曲よりも、周りから勧められた曲を選びました。
結果として、オーディションには合格しました。
ただ、そのあとが問題でした。
結果は出たのに、気持ちがついてこなかった
選んだ曲は、ぼくたちが最初に決めていたユニットの方向性とは違い、かなり明るくてポジティブな曲でした。
曲自体はとても良い曲でしたし、否定するつもりはまったくありません。
でも、どうしても違和感が消えませんでした。
オーディションに合格したあと、明らかにパフォーマンスは落ちていきました。
モチベーションを上げようと努力はしましたが、気持ちが続かず、結果的にうまくいきませんでした。
ライブに出られたこと自体は良かったと思っています。
それでも、今振り返ると後悔の方が強く残っています。
後日、ライブを見に来てくれた同級生に「正直、気持ち入ってなかっただろ」と言われました。
何も言い返せませんでした。
本当に、その通りだったからです。
あとから気づいた、自分の未熟さ
今思うと、あのときのぼくには、いくつか足りなかったものがあったと思います。
まず、アドバイスを求めるときに、自分たちの状況をきちんと伝えていませんでした。
・ユニットとしてやりたい方向性
・やりたくないこと
・メンバーそれぞれの性格や得意不得意
こうした前提を共有しないまま相談した結果、当然のように、「こういうのが合っていると思うよ」という、ざっくりした意見が返ってきました。
それをそのまま採用してしまい、気づけば主導権を手放していました。
今なら「ちゃんと質問できていなかったな」と思います。
他人のせいにしていた自分
もう一つ反省しているのは、どこかで責任を外に向けていたことです。
「言われた通りにやったのに」
「求められていることをやっているのに」
19歳だった当時のぼくは、心の中でそんなことを思っていました。
でも、それでは成長しないのも当然でした。
自分で選んだつもりでも、実際には選び切れていなかった。
その中途半端さが、パフォーマンスにも表れていたのだと思います。
今だから思うこと
この経験は、ビジネスや仕事、副業にもよく似ていると感じています。
「求められているから」
「ウケがいいから」
「正解っぽいから」
そうやって選んだものは、短期的には結果が出ることもあります。
でも自分の中で納得できていない選択は、長くは続きません。
これはあくまで、ぼくの失敗談です。
全員に当てはまる話ではないと思います。
ただもし今
「結果は出ているのに、しんどい」
「頑張っているのに、気持ちが入らない」
と感じている人がいたら、
一度だけ「これは本当に自分で選んだものか?」と考えてみる価値はあるかもしれません。
おわりに
今回は「やりたいことと、求められることが違ったときにどうするか」で書いてきました。
まとめると、
- 結果が出ても、自分で納得できていない選択は後悔が残る
- 「自分で選んだつもり」でも、実は選び切れていないことがある
- 正解かどうかより、「自分で選んだ」と言えるかどうかが大切
でした。
あのときの失敗は、避けようと思えば避けられたのかもしれません。
それでも、この経験があったからこそ、今は「自分で選ぶこと」を大事にしています。
正解かどうかよりも、後悔しない選択かどうか。
これはあくまで、ぼくなりの考え方です。
何か一つでも、参考になれば嬉しいです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。