どうも
晴れ男への野望がわずか1週間で潰えてしまったアニあつです。(三日天下と呼ばれた明智光秀は実際には12日間で天下を奪われたそうです。 何の話や!!)
さて今日は言語化できないことは教えるなというテーマで書いていきます。
言語化できないとは
結論をいうと経験がないと教えることは出来ないということです。
例えば僕がよくリーダー論をブログで書きますが経営者にはなったことがないので経験があるかのように書いてしまうと嘘になってしまうわけです。(過去には多分書いていないと思う)
嘘を教えてしまうと教えられた側が間違った知識をまた次の人にというサイクルが生まれて悪循環になり個人をつぶしてしまう可能性があります。
才能がある人を潰してしまうのは最悪なので出来る限り避けなければなりません。
僕がされたこと
僕が学生時代に野球をやっていてポジションはキャッチャーでした。
おそらくですが当時僕に指導してくれた人でキャッチャーをやったことがある人はいなかったと思います。
すると教えられた僕はどうなったかというと間違った知識を教えられるので全然上達せずにあげく肩・肘を痛めながらも我慢してやるので全然楽しくなかったです。
そこから僕が学んだことは経験が無い事は教えないということです。
経験はないが教えなきゃいけない場合
上記に書いたように経験がない場合は教えることが出来ませんが状況によっては教育しなきゃいけない場合があります。
こういう場合は教えるのではなく一緒に考えて解決策を見つけるということです。
三人寄れば文殊の知恵と言いますように複数の意見がでれば解決するかもしれないですし自分も成長できます。
過去の僕の事例でいえばキャッチャーを指導できないのであれば指導者とどういうやり方が合っているのかということを話し合うことが出来ればもっと野球が上手くなったかもしれません。
なので経験が無ければ無理に教えるのではなく一緒に解決策を考えてやってみるとうことが大事です。
まとめ
今日は経験が無い事は教えるなということを書きましたが僕が経験した限り知らないということが恥ずかしいのかプライドが邪魔しているのかは分かりませんが苦手な人が多いです。
しかし考えて欲しいのですが子どもの頃何でも知っていましたか?
自分の両親よりも世の中の事が分かっていましたか?
子供の頃は経験がなく知らないことばかりでしたが年齢を重ねるにつれ知らないということがダメだという考えになってきたと思います。
僕は知らないことや分からないことは素直に分からないと言いますがそのままにしておくのはイヤなので人から聞いたり自分で調べるなどして人に教えられるように頑張ります。(ちなみに今勉強しているのはブロックチェーンというものです)
分からないものは素直に言えるような世の中していきたいと思っています。
今日も読んでくれてありがとうございまいた。